分断されたマーケをどう統合するか【実務整理法】
●目次
はじめに
マーケティングの分断は多くの企業で見られます。マーケティング、営業、カスタマーサクセスといった部門がそれぞれ独自のツールやデータを持ち、互いに連携できていない状態は多くの企業で見られます。こうしたマーケティングの分断を放置すると、顧客データが散在して一貫した体験を届けられなくなり、収益機会の損失にもつながります。
分断を解消するには、組織構造の見直しだけでなく、業務整理を通じたプロセスの可視化やKPIの統一、そして顧客データの名寄せと基盤構築が欠かせません。本記事では、分断が生まれる構造的背景から、部門連携を前提とした業務整理の具体的な進め方までを順に扱います。
マーケ分断が起きる構造的背景
・サイロ化を生む組織とツールの乱立
マーケティングの分断を引き起こす大きな要因のひとつが、部門ごとに異なるツールやデータベースが独立して運用される、いわゆるサイロ化です。顧客データが部門ごとに分断されていると、顧客視点で一貫性を欠いた体験が生まれやすくなり、信頼を損なうリスクがあります。たとえば、店舗で購入した履歴がEC部門に共有されていないために、すでに持っている商品の購入を促すメールが送られるケースが起こります(参照*1)。
組織構造そのものも分断を助長します。事業部門とコーポレート部門のコミュニケーションが意思決定のボトルネックだと回答した企業は全体の6割に上り、事業部間や地域間を上回る結果でした。背景には事業への理解度や熱量の差があり、現場の判断がコーポレートの壁に阻まれて意思決定が宙に浮く状況が常態化しています(参照*2)。ツールの乱立と縦割りの組織構造が重なることで、部門連携の難易度はさらに上がります。
・CMO調査に見る分断の実態
マーケティング責任者を対象とした調査からも、分断の根深さが数値として表れています。世界で84%、日本で88%のCMOが、自社のオペレーションがあまりに硬直・分断しているためにAIテクノロジーを活用しきれていないと回答しました。さらにCMOの54%(世界・日本とも同割合)が「AI戦略を具体的成果に結びつけるための運用上の複雑さを過小評価していた」と認めています(参照*3)。
テクノロジー基盤の整備状況も厳しい数字です。自社のテクノロジー・プラットフォームが部門間の一貫した連携を支えるように整備されていると回答したCMOは、世界で24%、日本で26%にとどまりました。需要計画やオペレーションを支援する統合テクノロジーを実際に導入しているCMOも世界44%、日本46%と半数以下です(参照*3)。こうした数値は、分断がツールや意識の問題だけでなく、組織横断のオペレーション設計そのものに課題があることを示唆しています。
統合マーケティングの全体像
・IMCとRevOpsの定義と違い
マーケティング統合を語るうえで押さえておきたい概念が2つあります。統合マーケティングコミュニケーション(IMC)は、広告・PR・販促などのメッセージやチャネルを一貫させて顧客との接点を統一する考え方です。一方、レベニューオペレーション(RevOps)は営業、マーケティング、カスタマーサクセスといった顧客と接点を持つ各部門を横断的に統合し、収益の最大化を図る経営戦略を指します。これまで各部門が個別に運用していたツールやデータを連携させることで、顧客体験全体をシームレスにし、企業全体の効率的な収益成長を目指す枠組みです(参照*4)。
IMCが「メッセージの統一」にフォーカスするのに対し、RevOpsは「オペレーションとデータの統一」に軸足を置きます。顧客データの一元管理やKPIの共通化といった業務整理の視点を含むため、部門連携を具体的に進める際にはRevOpsの考え方が実務的な指針になります。
・統合がもたらす収益インパクト
部門連携の度合いは、収益成長率にも直結します。部門の枠を越えた連携を十分に実現できていないと回答したCMOの企業は2024年に12%だった一方、企業全体の運用効率を最適化できている先進的なCMOの企業は13%の成長となりました。割合にするとわずか1ポイントの差に見えますが、平均年商140億ドル規模の企業にとっては1億4,000万ドルの利益向上に相当します(参照*3)。
RevOpsの導入効果に関しても具体的な数値があります。米ボストン・コンサルティング・グループが2020年5月に発表したレポートによると、RevOpsを導入した企業ではデジタルマーケティングのROIが100〜200%向上し、営業生産性も10〜20%改善しています(参照*4)。これらの数字は、マーケティング統合が単なるコスト削減ではなく、収益を直接押し上げる取り組みであることを裏付けています。
顧客データ統合の進め方
・データソースの棚卸しと名寄せ
顧客データを統合する第一歩は、社内にどのようなデータが存在しているかを把握することです。データ統合プロジェクトでは、社内のデータソースを把握しないまま構築を進めてしまう失敗例が報告されています。データソースの整理では、単に種類を洗い出すだけでなく、それぞれのデータソースが「どのようなデータを」「どのような形式で」保持しているのかまで確認する必要があります(参照*5)。
次に名寄せに取り組みます。名寄せとは、複数のデータベースに登録されている顧客情報から重複する部分を洗い出し、1つに統合する作業を指します。具体的には、氏名・ふりがな・生年月日・性別・住所・電話番号・メールアドレスなどを用いて顧客情報が一致するかを確認し、同定できればデータを統合します。IT分野では、複数に分散したデータベースの同一企業や人物に対して同一のIDを付与する意味でも使われます(参照*6)。棚卸しと名寄せの精度が、その後のマーケティング統合の質を左右します。
・ID設計とデータモデルの構築
名寄せで同定した顧客を、部門やシステムを超えて一意に識別するにはID設計が欠かせません。顧客データを生成・保管するすべてのシステムを一覧化し、顧客IDやメールアドレスといった主要なフィールドを特定したうえで、データの管理者・量・更新頻度を記録することが推奨されています(参照*7)。
IDが定まったら、データモデルを設計します。顧客に関するあらゆる情報を一元的に統合し、顧客の全体像を把握するために標準的なデータ構造を定義する手法があります。この仕組みは「顧客を中心とした情報のハブ」として機能し、営業・サービス・マーケティングなど異なる製品やシステムに散在する顧客データを連携させ、あらゆる接点における情報を結びつけます(参照*8)。ID設計とデータモデルが整うことで、部門ごとに管理されていた「顧客A」を企業全体で統一して扱う土台が生まれます。
・同意管理とプライバシー対応
顧客データを統合・活用する際には、同意管理とプライバシーへの対応が不可欠です。顧客から取得した同意データを処理し、保存済みの顧客プロファイルに統合する仕組みを整えることで、特定の顧客に対してデータ収集を行うかどうかや、プロファイルを特定の目的で使用するかどうかを制御できます。たとえば、あるプロファイルの同意データに基づき、メール・テキストメッセージ・プッシュ通知といったチャネルへの参加可否を判断する運用が可能です(参照*9)。
同意管理の設計は、顧客データ統合の技術的な工程と並行して進める必要があります。データモデルやID設計の段階で同意情報をどのフィールドに持たせるかを決めておかなければ、後から改修するコストが大きくなるためです。
CDP・CRM・DWHの使い分け
・各基盤の役割と得意領域
顧客データを扱う基盤には、CDP・CRM・DWH(データウェアハウス)の3種類があり、それぞれ得意領域が異なります。顧客データプラットフォーム(CDP)は、顧客データの取り込み・統合・管理・配信を担い、他のシステムへデータを渡すことで顧客体験のパーソナライズを実現するソリューションです。CRMは営業・サービス・マーケティングの担当者が顧客情報を直接管理・更新する仕組みであり、データは主に手動で入力されます(参照*10)。
DWHは大量のデータを蓄積・分析するための基盤で、部門横断のレポーティングや長期的なトレンド把握に向いています。CDPが「リアルタイムのデータ連携と配信」、CRMが「顧客との直接的なやり取りの記録」、DWHが「過去データの蓄積と分析」を得意とする点を押さえると、自社に必要な組み合わせを判断しやすくなります。
・選定時の判断基準
どの基盤を導入するかは、自社のマーケティング統合の目的と顧客データの規模に応じて決める必要があります。CDPの市場は2025年時点で82億6,000万ドルと推計され、2033年には584億1,000万ドルに達する見通しで、2026年から2033年の年平均成長率は27.8%と予測されています。この市場拡大は、統一された顧客データ管理への需要が高まっていることを反映しています(参照*11)。
既存のCRMにデータが集約されている企業であれば、まずCRMの活用範囲を広げる選択肢もあります。社内外の顧客情報をまとめて管理し、同一顧客に関するデータを1つに統合できるプラットフォームを用いれば、「営業システムの顧客A」と「マーケティングツールの顧客A」を同じ人物として扱い、企業全体で統一管理が可能です(参照*12)。自社の既存資産、データ量、リアルタイム性の要件を棚卸ししたうえで基盤を選定することが、導入後の手戻りを防ぐポイントになります。
部門横断の業務整理5ステップ
・業務フロー可視化とボトルネック特定
業務整理の出発点は、現状の業務フローを部門横断で可視化することです。マーケティングから営業、カスタマーサクセスに至るまでの顧客の購買プロセスを洗い出し、部門ごとの業務を見える化したうえで、分断されているポイントを明確にして業務改善の優先順位を決定します(参照*4)。
データの管理体制も並行して整理します。顧客データを生成・保管するすべてのシステムを一覧化し、主要なフィールドを特定するだけでなく、データの管理者・量・更新頻度を記録することが求められます。そのうえで、スキーマ変更の管理やID同定の問題解決、品質管理を担う責任者を明確に割り当てます(参照*7)。業務フローとデータ管理体制の両面から可視化を行うことで、どこにボトルネックがあるのかを客観的に把握できます。
・KPI統一と共通データ基盤の構築
ボトルネックを特定した後は、部門ごとに異なる評価軸をそろえる段階に入ります。収益最大化に向けた共通の指標を持つために、「リード」や「顧客」といった用語の定義を統一し、各部門が追うべきKPIを明確にそろえます。具体的には、MQL(マーケティングが認定した見込み顧客)やSQL(営業が認定した見込み顧客)などの定義を共通化し、部門間で同じ基準で成果を評価できるようにします(参照*4)。
KPIの統一と同時に、共通データ基盤の構築も進めます。自社のテクノロジー・プラットフォームが部門間の一貫した連携を支えるように整備されていると回答したCMOは世界24%、日本26%にとどまっており、多くの企業で基盤整備が追いついていない状況です(参照*3)。KPIの共通化とデータ基盤の整備を同時に進めることで、業務整理の成果が部門横断で可視化され、マーケティング統合の実効性が高まります。
・失敗パターンと回避策
マーケティング統合や顧客データ統合のプロジェクトには、繰り返し見られる失敗パターンがあります。1つ目は、手段を目的化してしまうケースです。本来は「統合後にどう活用するか」が大切であるにもかかわらず、「統合すること自体」がゴールになってしまう例は少なくありません(参照*1)。
2つ目は、会社全体で取り組む体制を整えないまま進めるケースです。顧客データ統合は実際の作業に入る前に社内での調整を行い、全社体制を整えることが欠かせません。体制が不十分だと、システム選定後に利害が対立して導入が進まなくなったり、プロジェクト開始後に統合すべきデータの存在が発覚する事態が起こります(参照*1)。
3つ目は、意思決定プロセスの複雑さです。自身が関与する意思決定のうち「本来自身が決めるべき」ものは4割に満たず、残り6割は他部門・上司・部下が決めるべき案件へ巻き込まれたのだという調査結果があります。官僚的な文化や複雑な承認フロー、階層的な組織構造が、経営者の時間と集中力を侵食しています(参照*2)。統合プロジェクトを立ち上げる前に、目的の明確化・全社体制の構築・意思決定権限の整理という3つの準備を行うことが、失敗を避ける実務的な手順になります。
おわりに
マーケティングの分断を解消するには、組織構造の見直し、顧客データの統合、そして部門横断での業務整理という3つの軸を同時に動かす必要があります。どれか1つだけに取り組んでも、別の軸がボトルネックとなり成果が出にくくなります。
自社の業務フローとデータソースを棚卸しし、KPIの定義を部門間でそろえるところから着手すると、マーケティング統合を前に進めやすくなります。小さな可視化の積み重ねが、マーケティング統合を前に進める土台になります。
・参照
- (*1)顧客データ統合のメリット|成功事例・プロジェクトの進め方・よくある失敗例を解説
- (*2)プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – 日本企業の意思決定は何故遅く、歪むのか
- (*3)IBM Japan Newsroom – IBM Japan Newsroom – ニュースリリース
- (*4)RevOps(レブオプス)とは?顧客体験と収益を最大化する経営戦略について徹底解説
- (*5)顧客データ統合の仕組み|統合に必要なデータレイク/ETL/DWH/データマートとCDP
- (*6)名寄せとは?必要な理由や実践方法をわかりやすく解説
- (*7)Slack – What Is Customer Data Integration?
- (*8)Salesforce サクセスナビ – データモデリングの概要|Data 360|Salesforce サクセスナビ
- (*9)Consent Processing in Adobe Experience Platform
- (*10)CDP.com – CDP vs CRM vs DMP: Key Differences Marketers Must Know
- (*11)Customer Data Platform Market Size
- (*12)フロッグウェル株式会社 – FROGWELLは、ビジネスを加速させる プロセス・システム構築を支援し、 企業の収益拡大や社会の発展に貢献します。 – Salesforce Data 360(旧:Data Cloud)とは データ統合・AI活用の実践手順を分かりやすく解説
〈監修・執筆者情報〉
経歴:マーケティングWeekの記事編集部です。マーケティング領域に関する展示会を主催し、300近い出展社と数万人の来場者をご支援しています。支援実績を活かしてマーケティングに関わる有益な情報を発信します。
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