顧客と“つながり続ける”企業の戦略:顧客接点×CRMでカスタマーエンゲージメントと顧客ロイヤルティを高める方法
●目次
はじめに
製品やサービスの品質だけでは差別化が難しい時代に入り、企業が顧客と長く関係を保ち続けられるかどうかが事業の成長を左右するようになりました。顧客接点の設計、CRMによるデータ活用、カスタマーエンゲージメントの向上、そして顧客ロイヤルティの醸成は、それぞれ独立した取り組みではなく、一連のつながりとして機能します。これらの連携が不十分だと、接点が増えても顧客との関係は深まらず、獲得コストばかりが膨らむ結果になりかねません。
本記事では、4つの概念がどのように結びつくのかを整理したうえで、CRMを軸にした接点設計の考え方や、カスタマーエンゲージメントと顧客ロイヤルティを高める実践手順、測定指標、そして成功事例と失敗回避策までを順に解説します。
4つの概念の定義と関係性
・顧客接点・CRMの基本
顧客接点とは、企業と顧客が情報をやり取りするすべての場面を指します。店頭での接客や電話対応にとどまらず、メールマガジン、アプリ通知、SNS、Webサイトの閲覧なども含まれます。人口減少社会では新規顧客の獲得コストが既存顧客の維持コストより高くなっており、メルマガやアプリ通知、コミュニティといった定期的な接点を通じて顧客の愛着を高め、ファン化させることが安定経営に欠かせない要素となっています(参照*1)。
CRMは顧客関係管理(Customer Relationship Management)の略で、顧客との関係を管理し強化するための包括的な手法です。顧客データベースの構築から営業、マーケティング、カスタマーサポートに至るまで多岐にわたる領域をカバーします(参照*2)。顧客接点で得た情報をCRMに蓄積し、次の接点に活かすという循環が、企業と顧客の関係を強固にしていく土台になります。
・エンゲージメントとロイヤルティの違い
カスタマーエンゲージメントとは、企業がすべての顧客接点で顧客とつながり、時間をかけて関係を築いていく方法です。1回のやり取りを最適化・最大化するものではなく、継続的な関係構築のプロセス全体を指します(参照*3)。つまり、エンゲージメントは「企業側がどう働きかけるか」という行動の側面が強い概念です。
一方、顧客ロイヤルティは顧客が特定の企業やブランドに対して抱く信頼や愛着を指します。単に商品やサービスに満足している状態とは異なり、顧客が継続的にその企業の商品を選び、他者にも推奨したいと考えるほどの深い結びつきです(参照*4)。カスタマーエンゲージメントが企業から顧客への働きかけであるのに対し、顧客ロイヤルティはその結果として顧客の内面に生まれる感情と行動です。両者は原因と結果の関係にあり、エンゲージメントの質が顧客ロイヤルティの深さを左右します。
つながり続ける重要性の背景
・体験価値への市場シフトとLTV
技術の進化とあらゆる業界での市場成熟により、製品やサービスの機能や品質だけで他社と差別化を図ることが非常に難しくなりました。多くの製品は一定以上の品質を備えており、顧客にとっては「どれを選んでも大差ない」という状況が生まれています。こうした状況の中で、顧客が最終的に購入を決める要因は「製品そのもの」から「製品を通じて得られる体験」へとシフトしています(参照*5)。
体験価値が競争軸になると、1回の購入ではなく長期的な関係から得られる収益、すなわちLTV(顧客生涯価値)の視点が不可欠になります。売って終わりのモデルでは事業を成長させることが難しく、定期的な接点を通じてエンゲージメントを高め、顧客をファン化させることが安定した経営につながります(参照*1)。体験の質を維持するには、CRMで蓄積したデータをもとに各接点で一貫した対応を提供し続ける仕組みが求められます。
・購買行動の複雑化と接点の多様化
現在、インターネット利用者は1日あたり平均6時間38分をオンラインで過ごしており、その半分以上がモバイル端末経由です。通勤中にメールを確認し、昼休みにアプリを閲覧し、会議の合間にプッシュ通知を開き、夜にはブランドのWebサイトを再訪するといった行動が、同じ購買意思決定の一部として行われています(参照*6)。
このように、顧客が1つの購買判断に至るまでに利用するチャネルは複数にまたがっています。企業側がそれぞれの接点を個別に管理していると、チャネルごとに異なるメッセージを送ったり、同じ情報を何度も繰り返してしまう恐れがあります。接点が多様化したからこそ、CRMを中心に据えて各チャネルのデータを結びつけ、顧客ごとの行動を一つの流れとして把握することの価値が高まっています。
CRMを軸にした顧客接点の設計
・オムニチャネル統合とデータ一元化
オムニチャネルとは、電話、メール、チャット、Web、SNSなど、あらゆる顧客接点を統合し一貫した顧客体験を提供する仕組みです。チャネルを「増やす」のではなく、複数のチャネルを「つなげる」ことに重点を置き、どのチャネルからでも同じ品質のサポートや情報提供を受けられる点が特徴です(参照*7)。
しかし、顧客データはCRMの記録、アプリ内の行動履歴、購買履歴、店頭でのやり取りなど、複数のシステムに分散しがちです。データの一元化とは、これらすべてを1つの統合された顧客プロファイルにまとめることであり、すべてのチャネルが同じ情報をもとに動ける状態を作ります。一元化されていなければ、メッセージは顧客との関係の断片しか反映できません(参照*6)。オムニチャネルの成否は、チャネル数の多さではなく、データが一本の線でつながっているかどうかで決まります。
・CRMツール選定の判断基準
CRMツールを選ぶ際には、自社の戦略や目標との合致度を最初に評価する必要があります。具体的な判断基準として、以下の5点が挙げられます(参照*2)。
- 企業の目的とニーズへの合致:CRMツールが自社のマーケティング戦略や目標に適しているかを評価する
- 拡張性とカスタマイズ性:将来のビジネスの成長に合わせて、ツールが柔軟に対応できるかを確認する
- 使いやすさ:従業員が容易に使用でき、トレーニングの負担が少ないかを検討する
- 統合性:既存のシステムやツールとの連携がスムーズに行えるかを確認する
- コストパフォーマンス:導入と維持のコストが企業の予算内で収まるか、ROIが見込めるかを検討する
これら4つの基準は、導入後にツールが社内で定着し、実際の顧客接点の改善に結びつくかどうかを左右します。特に統合性は、前節で述べたデータ一元化の実現に直結するため、既存システムとの相性を事前に検証しておくことが欠かせません。
エンゲージメント最適化の実践手順
・カスタマージャーニーと4つのアクション
カスタマーエンゲージメントを最適化するには、顧客が購入後にたどる道筋、すなわちカスタマージャーニーの各段階で適切な働きかけを行う必要があります。具体的には、次の4つのアクションが有効とされています(参照*3)。
- サポートサービス:問題解決のスピードが顧客満足度に影響を与えるため、個々の顧客に合った解決策の提供を目指す
- オンボード支援サービス:サービスコンテンツの活用も含め、新機能を含む製品やサービスの教育を強化し、購入後に顧客が成功し続けることを目指す
- アップセルやクロスセルの促進サービス:先回りで提供することで、顧客に「自社のサービスを正しく使えている」という自信を与え、後悔や解約を減らす
- エンゲージメント強化サービス:製品やサービスの利用促進、コミュニケーションの活性化、顧客情報の取得を通じて企業と顧客のつながりを強化し、継続利用者を確保する
この4つは購入直後から時間が経過するにつれて段階的に展開されるものであり、カスタマージャーニーの進行に沿って順番に設計すると、各接点で顧客が受ける体験に一貫性が生まれます。
・AIパーソナライズとリアルタイム判断
顧客一人ひとりに合わせた対応を大規模に行うには、AIの活用が有効な手段になります。AIを活用したチャットボットや仮想エージェント、対話型AIは、簡単な質問への応答を自動化でき、顧客対応に必要なリソースの確保に貢献します(参照*8)。
さらに進んだ活用例として、AIによる予測離脱モデル、送信時間の最適化、チャネル選定といった機能があります。これらは、離脱リスクのある顧客を特定し、いつ、どのチャネルで接触すべきかを判断することで、大規模な個別対応を可能にします。加えて、強化学習を用いた意思決定の仕組みでは、メッセージ内容、特典、チャネル、タイミング、頻度、クリエイティブを同時に実験し、行動セグメントに頼らない真の個別判断を行います(参照*6)。こうしたリアルタイムの判断能力は、カスタマーエンゲージメントの質を次の段階へ引き上げる鍵となります。
顧客ロイヤルティの測定指標
・NPSの有効性と日本市場の課題
NPS(Net Promoter Score)は「この企業を友人や同僚に薦める可能性はどのくらいですか」という1つの質問で測定可能な顧客ロイヤルティに関する指標として、世界中で広く利用されています。しかし、日本市場においてはNPSの有効性に固有の課題があります。
ある調査では「金融機関は人に勧めるものではない」と考えている人が全回答者の約80%を占めました。さらに、20代の約70%から70歳以上の約90%へと、年齢層が高くなるほどこの傾向が強まることもわかっています(参照*9)。この結果は、日本では「推奨」という行為そのものに心理的な抵抗があり、NPSのスコアが実際の顧客ロイヤルティを正確に映さない場合があることを示唆しています。NPSを活用する場合は、業界や文化的な特性を踏まえたうえで、他の指標と組み合わせて判断する視点が求められます。
・CX指標・LTV・行動ロイヤルティ
NPSの限界を補うために、複数の指標を組み合わせて顧客ロイヤルティを多面的に把握する方法があります。JCSI(日本版顧客満足度指数)は、顧客満足のプロセスについて心理モデルを構成し、知覚品質、顧客期待、知覚価値、顧客満足、推奨意向、ロイヤルティの6つの要素を指標化しています。評価は10段階で行われ、ロイヤルティのみ7段階となっており、それぞれ3~4つの質問をもとに100点満点で指数化されます(参照*10)。
また、顧客ロイヤルティには心理ロイヤルティと行動ロイヤルティの2つの側面があります。心理ロイヤルティとはブランドへの愛着や信頼、共感といった感情的な結びつきを指し、行動ロイヤルティとは繰り返し商品を購入する、サービスを継続利用するといった実際の行動を指します。心理ロイヤルティだけでは、必ずしも継続的な購買行動には結びつきません(参照*4)。したがって、CX指標で心理面を、LTVや購入頻度で行動面を追い、両方のバランスを確認することが顧客ロイヤルティの正確な把握につながります。
成功事例に学ぶ実践のヒント
・オムニチャネルで成果を出した企業
日本国内の事例として、ロクシタンジャポンは実店舗とECの顧客データ一元化に取り組みました。両方の会員IDを統合することで、一人の会員が「いつ」「どこで」「何を」「いくらで」「何回」購入したかを把握できるようになりました。データ分析の結果、実店舗とECの両方で購入するオムニチャネル顧客は、単一チャネルの顧客に比べて2~3倍近く購入頻度が高いことが明らかになり、オムニチャネル顧客の数を前年比で27%増加させることに成功しています(参照*11)。
海外の事例では、化粧品ブランドのe.l.f. Beautyが2024年3月に年間純売上高10億ドルを超え、23四半期連続で売上成長を達成しました。同社のロイヤルティプログラム「Beauty Squad」は530万人以上の会員を抱え、デジタルエンゲージメント戦略の中核を担っています。6か月間でアプリの月間利用が125%増加し、ロイヤルティ特典の利用率も前年比で58%増加しました(参照*6)。いずれの事例でも、チャネルをつなげることで顧客の行動データが見える化され、それが売上と顧客ロイヤルティの両面に結果をもたらしています。
・CRM活用でロイヤルティを高めた企業
日本国内では、スターバックスがリワードプログラムを導入して以降、会員数は1,400万人(2024年5月時点)を超えました。来店頻度や公式サイトの閲覧回数が増加するなど、顧客との接点や利用率が高まっています(参照*4)。CRMを通じて蓄積された購買データと行動データが、個々の顧客に合わせた特典配信を可能にし、顧客ロイヤルティの向上を支えていると考えられます。
海外の事例として、石油・ガス会社のMOL Groupは、コア事業を超えてカーシェアリングやフリート管理といったデジタルサービスへの拡張を目指しました。コンサルティング企業やCRMプラットフォームと連携して新たな製品群を構築した結果、平均15~30%の売上増を実現しています(参照*8)。CRMが持つ顧客理解の力を、既存事業の改善だけでなく新規サービスの創出にも活かせることを示す事例です。
よくある失敗と回避策
CRM導入の現場では、ツールの導入ハードルが高いこと、導入しても使いこなせず社内に浸透しないこと、長期的な計画が欠如していることが典型的な失敗パターンとして知られています。CRMツールを単に導入するだけでは、マーケティングの成果にはつながりません(参照*2)。回避策としては、選定基準のうち「使いやすさ」と「統合性」を導入前の段階で十分に検証し、現場の負荷を最小限に抑える設計にすることが有効です。
データ活用の面では、データが分散して個別最適に陥る問題があります。デジタル上の顧客情報を統合して全体像をつかむことの大切さは多くの企業が認識しているものの、データをまとめて一貫したプロファイルを構築する専門知識が不足しがちです。データが分断されたままでは、個別化した対応を試みても断片的で不正確な分析結果しか得られず、一貫性のある顧客体験は提供できません(参照*12)。
顧客ロイヤルティの面でも注意が必要です。従来型のポイントプログラムは取引量に焦点を当てがちで、感情的なつながりを育てられず、持続的なロイヤルティを生み出せないケースがあります(参照*12)。加えて、低関与商品では顧客が価格や利便性を重視しやすく、ブランドストーリーや高額な広告投資だけではリピートにつながりにくいため、行動ロイヤルティを高めるには継続的な習慣化の仕組みが欠かせません(参照*4)。ポイント付与だけに頼らず、顧客の行動に寄り添った接点設計を組み合わせることが、失敗を回避する鍵になります。
おわりに
顧客接点の設計、CRMによるデータ一元化、カスタマーエンゲージメントの段階的な働きかけ、そして顧客ロイヤルティの多面的な測定は、それぞれが独立した施策ではなく、一つの循環として機能します。どの要素が欠けても、顧客との関係は断片的なものにとどまります。
まず自社の顧客データがどれだけ統合されているかを確認し、次にカスタマージャーニーの各段階で4つのアクションが設計されているかを点検してみてください。心理ロイヤルティと行動ロイヤルティの両面を測定しながら改善を繰り返すことで、顧客と「つながり続ける」関係が実現に近づきます。
・参照
- (*1)営業ラボ – 顧客接点(タッチポイント)とは何?種類や強化すべき理由・背景を徹底解説
- (*2)CRMマーケティングとは?基本からツール選び・失敗ポイントまで解説
- (*3)顧客エンゲージメントの 最適化 ―企業収益に貢献するカスタマーサービスの創り方―
- (*4)カタリナマーケティングジャパン – 顧客ロイヤリティを高める6つの実践方法!国内の成功事例も紹介
- (*5)中小企業のミカタメディア – 顧客接点を増やす方法とは?タッチポイント強化の重要性と戦略を徹底解説- 中小企業のミカタメディア
- (*6)Omnichannel Customer Engagement Strategy
- (*7)Genesys – オムニチャネルとは? 顧客体験を高める戦略・メリット・事例
- (*8)Customer Engagement Strategy | IBM
- (*9)野村総合研究所(NRI) – 野村総合研究所、日本の金融機関向けに「顧客本位の業務運営」の測定指標と管理手法を開発
- (*10)Japanese Customer Satisfaction Index 2023
- (*11)ダイレクトマーケティングラボ – 成功事例から学ぶCRM|効果的な導入・活用のポイントを徹底解説
- (*12)Customer Engagement
〈監修・執筆者情報〉
経歴:マーケティングWeekの記事編集部です。マーケティング領域に関する展示会を主催し、300近い出展社と数万人の来場者をご支援しています。支援実績を活かしてマーケティングに関わる有益な情報を発信します。
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