データ活用と意思決定の要点~MMM活用と組織を動かす熱意~|前編

2026年4月22日マーケティング Week 春 2026 で開催されたセミナーに、花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 兼 全社DX共創部長の佐藤 満紀さんが登壇。「ロジックと熱量で勝つマーケティング」をテーマに、データを実務に組み込み、組織の意思決定を加速させるためのポイントを語りました。

セミナーでは、花王が20年以上前から取り組んできた「MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)」 を軸に、形骸化しがちな「データドリブン」を打破し、現場で機能させるための6つの要点や「三位一体のチーム体制」の重要性を深掘りします。

登壇者

佐藤 満紀(花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 兼 全社DX共創部長)

●目次

1. 花王の概況

私は現在、花王のデジタル戦略部門でDXソリューションズセンターを率いています。昨年、花王ではIT組織とDX組織が統合され、現在は約400名弱の組織で全社のデジタル化を推進しています。私のキャリアを振り返りますと、1990年に入社して最初の14年間は社内SEを経験しました。その後、2004年からデータ分析に本格的に携わり、現在はDXを担当しています。

私がデータ分析を始めた2004年は、ビッグデータやデータサイエンスという言葉が出るずっと前です。日本でもこの領域をこれだけ長く、現場で経験している人間は数少ないのではないかと自負しています。

花王のデータ活用の歴史は古く、1992年には既に『新しいマーケティングの実際』という書籍を刊行していました。2013年にも「花王データ経営の正体」としてメディアに取り上げていただいている通り、私たちのデータ活用は近年突然始まったものではなく、数十年にわたる積み重ねの上に成り立っています。

2. 日本のデジタル領域の現在地

続いて、日本全体のデジタルの現在地について私なりの視点をお話しします。IMDの「世界デジタル競争力ランキング 2025」を見ると、日本は69カ国中30位。問題はこの順位そのものではなく、項目別にみると「海外経験」「柔軟性や適応性」、そして「ビッグデータやデータ分析の活用」といったスコアが極めて低いことにあります。これは単なる技術力の問題ではありません。教育や社会全体の基盤、つまり「人」に関わる問題だと捉えています。

例えば、現在ランキング2位のアメリカでは、今から10年以上前の2013年にすでに強い危機感を持って動いていました。当時のIT創業者たちが動画で「世界はプログラムで動いているのに、それを読み書きできる人が少なすぎる」と訴え、オバマ大統領(当時)も現役大統領として初めて「国民全員がコンピューターサイエンスを学ぶべきだ」と発信しました。彼らは、デジタル競争力の正体は「道具(IT)」ではなく、それを使いこなす「人」の教育にあると確信していたのです。

日本でもようやく、小中学校でのプログラミング教育や高校の「情報Ⅰ」必修化、大学でのデータサイエンス学部新設、社会人のリスキリングといった立て直しが始まっています。デジタル競争力とは、単にITを導入することではなく、こうした教育や社会基盤を通じて、変化に適応できる「人」をいかに育てるかという問題なのです。

3. AIブームの歴史から考える、生成AIの可能性と限界

生成AIは数年で現実的な使い方がされ、当たり前の存在になっています。AIエージェントもそれに続いて普及段階に入るのではないでしょうか。ここで一度AIの変遷について説明します。

AIの歴史は、1950年頃の第1次ブームから始まり、現在は第4次ブームの中にあります。この間に、実は「冬の時代」が2度訪れています。

1度目の冬は、「AIは結局、ごく簡単なパズル程度のものしか解けないじゃないか」と、期待が失望に変わった時期。2度目の冬は、「AIを動かすためのデータがそもそも集まらない」というデータの壁に突き当たった時期です。しかし、今はもう2度目の冬の原因だった「データの欠如」という課題は、スマートフォンの普及やITの進化によって解消されました。だからこそ、専門家の間でも「もう冬の時代は訪れないのではないか」と言われるほど、今の進化は加速しています。

ただ、ここで重要なのは「AIの限界」です。AIは膨大な知識を「知って」はいても、現実を肌で「分かって」いるわけではありません。本当の意味で価値が生まれるのは、消費者が店頭で商品を手に取り、営業担当が取引先と膝を突き合わせて交渉する「現場」です。

現場にあるデータ化しきれない空気感や文脈はAIには読み取れません。AIがあれば人間がいらなくなるのではなく、現場を知る人間がAIをどう武器として使いこなし、最終的な判断を下すのか。それこそが、私たちが今向き合うべき本質的な問いなのです。

4. 形骸化するデータドリブン。実務で機能させるための課題整理

「これからはデータドリブン経営だ!」と幹部が号令をかけても、現場は従来通りの活動を続け、使われるデータは結局パワポの資料になっているだけ。あるいは、立派なダッシュボードを作ったものの、何のために使うのか誰も分かっていない。データ基盤を作ること自体が目的化してしまい、現場が置き去りになっている。こうした状況は、残念ながらよくある話です。

データ活用の失敗は、分析モデルが高度かどうかで起きるわけではありません。その手前の「目的」の不明確さや「現場」とのズレで起きているのです。この視点を根底に置くことで、これから話すMMMも、単なる手法紹介ではなく「いかに意思決定の根拠として機能させるか」という実践的な議論ができるでしょう。

20年以上この業務に携わってきた実感としては、目的を明確にし、現場の意思決定のプロセスへの組み込みまでを考え抜かなければ、データは活用されることのない「寂しい結果」に終わってしまうのです。

5. MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)とは?花王が20年前から取り組んできた「売上の可視化」

ここからは、実際にマーケティング領域でデータをどう活用していくのか、花王が長年継続してきた「MMM」についてお話しします。

MMM(マーケティング・ミックス・モデリング)とは、「マーケティング施策が売上にどの程度効いているか」を、統計的に推定する分析手法です。テレビCM、店頭販促、Web広告、SNSといった施策が、それぞれ売上にどれくらい貢献しているのかを、データに基づいて「おそらくこうなっているはずだ」と定量的に示すことができます。

具体的には、MMMでは売上の構造を「ミルフィーユ」のように施策ごとに色分けして可視化することができます。ブランドが本来持っているベースの力に対し、各施策がどれだけ売上を積み上げたのか。これによって、施策ごとのROI(投資対効果)を算出し、「どの予算を増やし、どこを減らすべきか」といった具体的な意思決定の判断材料を作ることができます。

MMMを単なる一過性の分析手法として終わらせず、継続的に運用していくことで、主に4つの効果が期待されます。

まず一つ目は、「マーケティング投資の説明責任」を果たせるようになることです。宣伝費という大きなコストに対し、感覚的な「手応え」ではなく、データに基づいた客観的な根拠を持って周囲や経営層を納得させることができます。

二つ目は、「投資配分の最適化」です。限られた予算をどのメディアや施策に振り分けるのが最も効率的か、ROI(投資対効果)の視点で常に予算のチューニングが可能になります。

三つ目は、「マーケティングPDCAの高速化・高度化」です。施策の結果を次のプランニングに即座に反映できるサイクルが整い、施策の精度が年々向上していきます。

そして四つ目は、「共通指標による横断的な評価」です。ブランドや国、カテゴリーが異なっても、同じ「売上への貢献」という物差しで比較・評価できるようになるため、全社的な知見の蓄積につながるのです。

私がこれに本格的に取り組むことになったのは2004年でした。当時の役員から朝一番に「宣伝費や販促費を何の根拠に基づいて使っているのか、裏付けはないのか」と書かれた一枚の紙を渡されたのがきっかけです。

〈監修・執筆者情報〉

執筆:マーケティングWeek編集部

経歴:マーケティングWeekの記事編集部です。マーケティング領域に関する展示会を主催し、300近い出展社と数万人の来場者をご支援しています。支援実績を活かしてマーケティングに関わる有益な情報を発信します。


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