データ活用と意思決定の要点~MMM活用と組織を動かす熱意~|後編
2026年4月22日マーケティング Week 春 2026 で開催されたセミナーに、花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 兼 全社DX共創部長の佐藤 満紀さんが登壇。前編では、花王におけるMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)についての考え方をお話ししました。
後編では、コネクテッドTVなどの最新環境におけるデータ活用の本質や、分析工程の8割を占める「泥臭い準備」のポイント、そしてビジネス・データサイエンス・エンジニアリングが三位一体で機能する組織のあり方を深掘り。データの「ロジック」を、いかにして現場を動かす「熱量」へと昇華させるのかを解説します。
レポート前編はこちらから
⇒データ活用と意思決定の要点~MMM活用と組織を動かす熱意~|前編
登壇者
佐藤 満紀(花王株式会社 デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター長 兼 全社DX共創部長)
●目次
1. 海外投資の最適化とコネクテッドTVの台頭。変化の激しい時代でも揺るがない「判断の軸」
前編では、約20年前から花王が取り組んできたデータの可視化について紹介しましたが、現在の花王におけるデータ活用は、よりグローバルな意思決定を支える仕組みへと進化しています。
直近の取り組みの一つが、海外事業における投資最適化です。私たちはサブカテゴリーごとに投資効果の大きさを分析・比較した上で、来年度のマーケティング投資額を決定することがあります。データに基づいた意思決定は以前より全社に根付いています。
一方で、昨今のテレビ視聴環境の変化についても触れておかねばなりません。「コネクテッドTV(CTV)」の普及により、広告配信は従来型の「マス・一本勝負」から、運用型の「テスト&最適化」へと大きく変わりました。
よく「便利になった」と言われますが、私自身はそれほど手放しに喜べる状況ではないと感じています。配信技術がどれほど進化し、データが細かく取れるようになっても、それを「ビジネスの成果」や「難しい意思決定」に結びつけることの難しさは、20年前と何ら変わっていないからです。
むしろデータが増えた分、「どの指標を信じるべきか」「そのデータは本当に正しいのか」という見極めが必要になります。最新技術を追いかける前に、まずは正しいデータ活用のプロセスを徹底する。これが、データ分析を空回りさせないための第一歩です。
2. 「分析の8割は準備にある」――CRISP-DMに見る、データ活用を形骸化させない6つの要点
私が実務で常に指針としているのが、世界標準のデータ分析プロセス「CRISP-DM」です。これを「ビジネス」「データサイエンス」「エンジニアリング」の三位一体で回していく際、特に重要となる6つのステップについて、私の考えをお話しします。
1. ビジネスの理解:「何を決めるのか」目的を握る
まずはビジネスの課題をしっかりと理解することが大前提です。「投資配分を決めたいのか」「効果測定をしたいのか」「説明責任を果たしたいのか」。目的をクリアにしないまま「適当に分析しといて」では、どんなに優秀なデータサイエンティストを雇っても、決して結果には結びつきません。
具体的にどの指標を見て、誰が何を判断するのかという「出口」を現場と合意し、分析の結果、もし「効果がない」と出た場合に施策を止める覚悟はあるか。そうした意思決定の踏み込みまで含めて事前に握りきることが、プロジェクトを空回りさせないための絶対条件となります。
2. データの理解:手元にあるデータの「質」を疑う
指標に与えるデータが本当に正しいのか、私は必ず目視で確認します。実はデータが揃っているようで、中身は欠損だらけだったり、入力ミスによる異常値が混ざっていたりすることも多いからです。また、社内のデータの「単位(kgかgか)」が統一されているかといった入口の確認も、決して怠ってはいけません。
3. データの準備:プロセスの8割を占める「泥臭い」作業
ここが一番手間暇のかかる、全工程の8割近くを占める作業です。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミしか出ない)」という言葉がありますが、これはAIも同じ。広告投下から売上までのタイムラグや、物流のどの段階で売上を測るのかといった整合性を、現場と会話しながら泥臭く詰めていく必要があります。
4. モデル作成:手法よりも「多重共線性」との戦い
手法自体は専門家に任せれば良いですが、マーケティングで厄介なのは「多重共線性」です。あらゆる施策を同時に集中投下してしまうと、統計上、どの施策が効いたのか分解できなくなります。分析のために、あえて施策のタイミングをずらしてもらうといった現場への配慮も実は重要です。
これは単なる計算上の話ではなく、現場の実行プランそのものへの介入を意味します。目先の効果最大化を狙って施策を重ねたい現場と、要因を正しく切り分けたい分析側の葛藤を調整し、データを科学として成立させるための現場との対話まで実行する必要があります。
5. 評価:精度だけでなく「現場の納得感」が重要
精度を追求するあまり細かくやりすぎると、逆に現場が使いにくくなることもあります。実務で使い物になるか、納得感があるか。何かおかしいと感じたら、躊躇なくステップ1や2に戻ってやり直す勇気が必要です。
6. 展開:業務プロセスに「継続」して組み込む
データ分析は単発では意味がありません。年次予算策定や四半期レビューといった実際の意思決定プロセスに組み込み、継続して回すことで、初めて売上というインパクトに貢献できるのです。
3. データ活用を支える“三位一体”のチーム体制
これら6つのステップを一人の人間がこなすのは不可能です。だからこそ、私はチーム体制こそが成否を分けると考えています。
・ビジネス: 「何を決めるか」を明確にする出口担当
・データサイエンス: 「どう解くか」を考える分析担当
・エンジニアリング: 「どう継続させるか」を作る基盤担当
データ分析官がいれば成功すると思われがちですが、決してそうではありません。この三位一体のチームがあるかないかで、成功の確実性は劇的に変わります。
もしデータの不備や目的の不一致といったリスクが顕在化しているような状況で無理に進めると、「今回もうまくいかなかったね。」という結果になり、せっかく時間をかけて人を動かした活動がもったいないことになってしまいます。進めるところを場合によっては踏みとどまる、あるいは議論するという姿勢も重要です。
また、スキル以上に「人」としての素養がプロジェクトを左右します。専門知識以外に大事なのが、まずコミュニケーションがしっかり取れる「人間力」です。これがないとプロジェクトは空中分解します。
あとは「知的好奇心や、調べたい・探したいという探究心」。私自身、40代後半から50代前半にかけて取った資格も多いのですが、自分のスキルの自己点検のためにも学び続けることが大事だと実感しています。そして最後は、それをしっかりと形にできる「行動力」。これらにかかっているんじゃないかなと思います。
4. 勘は「仮説」に、度胸は「データ」に。最後は人間が熱量を持って決めるという意思決定のあり方
講演の最後に、私はよくこのスライドを出します。昭和の用語ですが「KKD(勘・経験・度胸)」です。私はこれを一切否定しません。最後は意思決定になりますので、勘も必要だし、経験も必要だし、度胸も必要です。事業をしていると、そちらのほうが大事になることも結構あります。ただし、現代におけるKKDは、次のようにアップデートされるべきです。
勘 →「仮説」
経験→「検証」
度胸→「データ」
同じKKDでも、例えば「仮説」を持ったうえで、「データ」を使って「検証」する。科学的に、客観的にデータを使いながら成し遂げていく。そうしたバリエーションを増やしていく必要があるんじゃないかなと思っています。
最後は勘と経験と度胸、これは絶対に残ります。ただ、そこにつなげるための「データの使い方」を、しっかりとやっていこうよ、という話を会社のメンバーにも伝えているところです。
5. まとめ
私たちが実践してきたMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)の本質は、単なる分析手法ではなく、「難しい意思決定」を支えるための客観的な物差しを持つことにあります。データによって「売上の構造」を可視化し、ロジックという盾を持つことで、私たちは初めて確信を持って一歩前に踏み出すことができるのです。
しかし、高度な分析モデルさえあれば組織が動くわけではありません。今回お伝えした「分析工程の8割を占める泥臭い準備」や、ビジネス・データサイエンス・エンジニアリングの「三位一体」のチーム体制、そして実務のプロセスにデータを流し込むための「情報フローのデザイン」。これら泥臭いプロセスを一つひとつ積み上げていくことが、データ活用を形骸化させないための唯一の道です。
そして何より、この仕組みを動かすのは「人」であり、その土壌となるのが「心理的安全性」です。不都合な結果であっても、それを次の成功への「学び」として受け入れ、オープンに議論できる文化があってこそ、データは初めて現場を動かす武器となります。
「勘は仮説に、経験は検証に、度胸はデータに」。昭和から続くKKDを現代の科学的なアプローチへとアップデートし、そこに最後は人間としての「熱量」を乗せて決断を下す。この「ロジックと熱量」の両輪こそが、不透明な時代に勝つためのマーケティングのポイントであると確信しています。
本講演の内容が、皆さまの組織においてデータを実務に組み込み、次の一手へ繋げるためのヒントとなれば幸いです。
〈監修・執筆者情報〉
経歴:マーケティングWeekの記事編集部です。マーケティング領域に関する展示会を主催し、300近い出展社と数万人の来場者をご支援しています。支援実績を活かしてマーケティングに関わる有益な情報を発信します。
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